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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)1480号 判決 1954年11月09日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差戻す。

理由

弁護人又平俊一郎の上告趣意は、憲法違反を主張するけれどもその実質は、刑訴四一一条に該当する事由のあることを主張するのであって上告適法の理由にならない。

職権を以って調査するに、原判決は、本件仮処分による差押の標示は右仮処分の被申請人たる原審相被告人吉田一が名古屋拘置所に在監中同人の長男吉田一夫によって故らに剥離損壊された事実および被告人は右吉田一の出所後同人と共謀の上、第一審判示日時頃本件物件が右仮処分にかかるものなることを知り乍ら、擅にこれを被告人方に搬出移転した事実を認定しているに拘らず、被告人等の右物件搬出行為は本件仮処分執行それ自体の効果を滅却しまたは少くともこれを減殺妨害したものと解するの外はないとして、刑法九六条にいわゆる「差押ノ標示ヲ無効タラシメタ」場合にあたり、同条所定の犯罪を構成すると判示しているのであるが、しかし同条にいわゆる「差押ノ標示ヲ損壊シ」または「無効タラシメタ」ものとして、同条所定の犯罪が成立するためには、有効な差押の標示の存在を前提とするものであることはいうまでもないところであるから、本件差押の標示が吉田一夫により既に剥離損壊され、差押の標示としての効用を滅却されるに至ったものとすれば、その後において被告人等が原判決認定の如く本件仮処分にかかる物件を他に搬出移転した行為は、なお別罪を構成する余地ありとしても、同条所定の犯罪を構成するいわれはないものといわなければならない。

して見ると、原判決が前記の如く本件差押標示の既に剥離損壊されていた事実を認定し乍ら、本件につき刑法九六条の罪の成立を認めたことは、法令の解釈適用を誤った違法があるかまたは理由にくいちがいがあるに帰し、しかも右は判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるばかりでなく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、刑訴四一一条一号により原判決は破棄を免れない。

よって、刑訴四一三条に則り裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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